たちばな

タチバナ   橘 多知花 多知婆奈 多知波奈



橘は 実さへ花さへ その葉さへ 枝に霜降れど いや常葉の木
                 巻6-1009 聖武天皇


ミカン科  ミカン属

 タチバナは、ミカン科ミカン属の常緑木。6月頃直径2cmほどの白い花が咲く。花弁は5枚で、多数の雄蕊が筒状に集まって雌蕊を囲んでいる。秋青い実をつけ、冬にかけて黄色に変わっていく。

 万葉の時代、橘は現在のタチバナも含めて、柑橘類を総称してそう呼ばれていたらしい。古来日本に自生していたものかどうかははっきりしない。垂仁天皇の世、田道間守は天皇の命により常世の国へ「非時香菓(ときじくのかくのみ)」(橘)を求めに行き持ち帰るとある。これは伝説であるが、あるいは渡来人が実際に持ち込んだものかもしれない。

 当時橘は珍重されていたのだろう、万葉集では75首詠まれており、花の中では8番目に多い。上記の歌は、葛城王が臣籍に降った時、橘の姓とともに贈られたもの。

 歌意は、橘は実や花やその葉まで、枝に霜が降ってもますます栄える木であるぞ。天皇が、橘氏がいつまでも栄えることを願って詠んだもの。

 しかし、橘諸兄と改名した葛城王は、太政官の首班となり、従一位左大臣まで昇るが、その頃台頭してきた藤原仲麻呂に押され、橘諸兄の政治的地位は低下する。さらに聖武太上天皇が病床に臥した時、不穏な言動があると密告され辞任、失意のうちに没する。その後橘奈良麻呂の変が起こる。

 
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