三 頭 山
三頭山は東京都の最西端、山梨県との県境に位置し、東に連なる御前山、大岳山と共に奥多摩三山と呼ばれ、古くから登山者の間で親しまれてきた山である。郡村誌の檜原村のところには、「三頭山、一名三頭御前と云。」とあり、また御堂峠、御堂嶽とも呼ばれていたらしい。 1990年に東京都側の山腹が都民の森として整備され、バスが入るようになってからはバス停から頂上まで1時間半、誰でもゆっくりと日帰りが出来る山となった。それまでは登山口の数馬から頂上まで3時間半。その数馬も東京都最奥の部落で交通の便も悪く、かつては東京の秘境とか東京都のチベットなどと言われたほどで、都心から日帰りの山としては少々厳しかった。 明治44年5月、田部重治と小暮理太郎がこの山を訪れたときのことをその著「山と渓谷」(昭和26年刊 角川文庫版)に書いている。それによると2人は東京を遅く出て、午後あまり早くない時間に八王子で汽車を下り、そこから徒歩で五日市に向かい、時坂というところで野宿をしている。途中五日市で9時頃饂飩屋に入り腹ごしらえをした。 翌日は数馬の奥の大平で土地の人に道を尋ね、ついでに頂上まで案内してもらって登頂。その後御前山に向かい、途中の小屋で1泊して翌日御前山に登るつもりだったが、小屋が見つからなかったのと、疲れが出て苦労する割にはあまり面白そうではないこと、その上雨まで降ってきたので縦走は諦め、小河内鉱泉に下って泊まったとある。 |
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私が初めて三頭山に登ったのはそれから50年後の昭和36年、今から50年近く前のことで、奥多摩湖が出来、交通事情は全く異なっていたが、山の中はあまり変わっていないように思われた。 氷川(今の奥多摩駅)からバスで小河内神社まで行き、そこから奥多摩湖をドラム缶の橋で渡り、おつねの泣き坂を登って三頭山に着いた。このコースは急坂続で、文字通り泣きたくなるような道だ。勿論「おつねの泣き坂」というのはそのような意味ではないのだが。 つぎに訪れたのは38年。このときは小河内ダムから南岸道を歩き小河内峠に登って、そこから尾根道を月夜見山、風張峠、鞘口峠とアップダウンを繰り返してようやく三頭山に着いた。9時半にダムを出発して途中昼食タイムを含めて5時間半、15時に頂上に着いた。16時に下り始め、バス停のある小河内神社に着いたのは18時だった。9月1日だったからちょうど日没の頃でまだ明るかった。この頃はほとんど奥多摩湖側からの入下山だったのは、バスの便がこちらの方が良かったからかもしれない。 |
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初めて三頭山に登ったとき、奥多摩湖北岸の川野から対岸の三頭山口までロープウェイが架けられるという話を聞いた。そうなると三頭山も行楽客で賑わい、面白く無くなるなと思った。このロープウェイ翌36年に営業を開始したが、ただ湖の上を渡るだけで、あまり利用する人がいなかったとみえて、数年で廃業してしまった。 その後しばらくして、今度は奥多摩有料道路が開通し、バイクや車の騒音でうるさくなりしばらく三頭山から遠のいた。数年後、久し振りに数馬から登ろうと思って出かけたら、またまた大きな工事が行われていて登山道が寸断されていた。工事の人に迂回路を尋ね尋ね行ったが、これが都民の森の建設工事だった。 この工事が完成してから数馬から都民の森までバスも運行され、三頭山もずいぶん近くなった。工事中道は寸断され、樹木は切り払われ、山肌は削られ、これは一体どうなることかと憂慮していたが、今はすっかり落ち着いていた。山腹を縫う登山道もきれいに整備され誰でも気軽に歩けるようになった。 |
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今回久し振りに花の写真を撮ろうと思ってやってきた。五日市から都民の森まで時間によって直通のバスが運転されている。バス運賃は数馬までと同じ。すなわち数馬〜都民の森間は都民の森の送迎バスで無料となっているとのこと。
入口で身支度を整え歩き出した。しばらくは流れに沿って右側に付けられた木道の上の木陰の道を行く。すぐに森林館に出てここから山道に入った。森林館から20分ほどで鞘口峠に出た。以前に比べると実にあっけないほどだった。峠からは所々木の根の現われる急な尾根道を行く。時期が少しずれたせいか目指す花は少なかった。 |
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1時間ほどで頂上手前の展望台へ着いた。北側の眺望が良く、私たちはここで御前山・大岳山の展望を楽しみながらお昼にした。平日だったせいか山は静かで、ここまでに会った登山者は10名に満たなかった。 食後頂上を踏んだ。頂上と言っても名の通り三つの突起があって、東からそれぞれ東峰、中央峰、西峰と名付けられているが、小さな突起なので、標識が無ければどれがそれなのか見落としてしまいそうだ。三角点のあるのが東峰の1527.5m。一番高いのが中央峰の1531m。そして西峰が1524.5m。私たちは忠実に三つの頭を踏んできた。西峰から西側は山梨県で、展望は良く、道志・富士山方面が見渡せるが、今日はあいにくと曇っていて富士の姿は見えなかった。
ところで三つの突起と言ったが、頂上を歩いてみると小さな突起がいくつかあり、四つとも五つとも言えそうだ。ここには古くから北側の川野と南側の檜原からそれぞれ小祠が祀られ、両村から参拝が続けられていた。別名御堂嶽というのはこのお堂があることからなのだろう。御堂が三頭になったのかもしれない。 |
下りは前に来たときは西原峠経由で仲の平に下り数馬の湯で汗を流して帰ったが、今日はムシカリ峠から花の多そうなブナの道を下り三頭大滝に出ることにした。途中大木が倒れて道を塞いでいると聞いてきたが、作業員が4人ほど来ていて、チェーンそうで切り除いていた。先程からしきりに大きな音がしていたが、これだったのだ。ほとんど作業も終わりかけていて、私たちは容易に通り抜けることが出来た。
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花の写真を撮りつつ下っていたら、先程の作業員が、もうすっかり片付けが終わったのかサッサッと追い越していった。道はやがて三頭大滝に着いた。三頭沢に架かる吊り橋の上が滝の展望所になっていて、そこから三頭大滝が見下ろせた。落差が33mあって、ここからだとカメラに全部収められなかった。この滝の水が三頭沢となり、秋川となって多摩川と合流し、東京湾に注いでいる。 | ここで最後の休憩をしてから朝降り立ったバス停に向かった。ここからの道は水平動で車も通れるくらいの広い道幅で、一面にチップが敷き詰められていてクッションが良く快適に歩けた。 三頭山はもう山屋の健脚向きの山で無くなったかも知れないが、ブナの木を始め、緑豊かな山であることには違いなかった。交通の便も良く、登山道も良く整備され、都会から日帰りの山として家族連れにも気軽に楽しめるようになった。 山もいたずらに開発され、手を加えて観光地化するのは困りものだが、最小限に整備し、管理を徹底して誰でもが気軽に自然を満喫できるようなところが大都会の近くに1ヵ所位はあっても良いのではないかと思った。 |
2009.6.2 歩く 三頭山(みとうさん) 1527.5m |