松 生 山
松生山は、奥多摩の盟主三頭山から東へ御前山、大岳山へと奥多摩三山を結ぶ主稜の、風張峠から南東へ主稜と平行して伸びる浅間尾根の東の端にある標高933.7mの小さな山である。 地形図には登路は記載されていないが、それでも時折登られるのかガイド文を見かけることがある。そんな中の一つに「頂上は狭く、展望は良くありませんが、北側がわずかに開け、御前山が眺められます。」(新ハイキング617号)と紹介されているのがあった。 それによれば、あまり眺望は期待できないかもしれないが、浅間尾根の縦走路からは少し外れていることもあり、静かな山に違いないと思われた。 そこで今年最後になる忘年山行は迷わずここにしようということになった。 |
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今年の暮れはいろんな仕事が重なって慌しかった。それらを片付けている間に腰を痛めて10日ほど動けなかった。そんな爆弾を抱えている身にとっては手頃な山ではあるものの、少々の覚悟がいった。 |
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五日市駅からのバスを上川乗りで降りたのは私たちだけだった。今日も静かな山旅が楽しめそうだ。早速身支度を整え、バス停留所の少し先にある登山口を道標に従って入った。 道は尾根の山腹を絡めるように登っていくが、歩き初めにはちょっと応える登りだ。30分ほどで尾根上に飛び出すとそこからは緩やかな気持ちの良い道が続いた。この道は浅間尾根から南に幾つも分かれる支尾根の一つの上に付けられており、古くから歩かれている峠道だ。そして今は首都圏ふれあいの道として歩かれている。 良く手入れされた杉の植林地の尾根をさらに1時間ほどで浅間尾根に出た。あたりは広々と開けていて東屋があり、ベンチも用意されている。さらにトイレもあって休むには格好の場所だ。登ってきた反対側正面には大岳山の特徴のある姿が望めた。この辺り浅間嶺といっているが、江戸時代までは仙元嶺(とうげ)といっていたそうだ(日本山岳会編著、新日本山岳誌)。 浅間嶺の頂上は西にひと登りしたところで、木花咲耶姫命を祀る小祠があり、麓の村人の富士浅間信仰の一端を伺うことが出来る。 大岳山や、西に続く御前山、三頭山を眺めながらのお昼には良い場所だったが、宴会は松生山でと決めていた私たちは、展望を十分楽しんだ後先をいそぐことにした。 尾根上には歩き良い道が通じている。かつてこの道は甲州街道の裏街道として重要な役割を占めていた。麓の部落を結ぶ川沿いの道は崖などが多く危険なのと、山襞を一つ一つ捲いていくため長くなるので、むしろ尾根上の道の方が良かったようだ。 この道を通って桧原村の主産物である木炭を馬に積んで本宿や五日市方面に運び出し、帰りに日用品を運んだという。生活道でもあったわけだ。 |
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広場から尾根の道を10分ほど登ると南側の展望が開け、この日始めて富士山が姿を見せてくれた。 ここには浅間嶺と書かれた立派な標柱があり、木のベンチもあった。これを見てここが浅間嶺の頂上と思う人もあるかもしれないが、先ほどの広場にあった標識には浅間嶺展望台とあった。頂上はあくまでも西にある903mの地点だ。 この先、広くて平坦な尾根には沢山の桜の木があり、花時には見事だろうねと皆で話し合った。その頃また来てみようか、と何処へ行っても同じような話をするのだが、これまであまり実現したためしがないね、と笑い合った。 |
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ゆるやかな道が尾根から外れて左に下ろうとするところに松生山への道を示す比較的新しい標柱があった。 ここは真直ぐ尾根を忠実に辿ることになるのだが、いきなり急な登りだった。それに斜面が踝を隠すくらいの深い落ち葉で埋め尽くされているので道が判然としない。2.3あった赤いテープに助けられ、まるでラッセルのように落ち葉を蹴散らしていくのだが、時折隠れている岩屑や横木に足をとられ苦労しながら汗をかいた。
10分ほど悪戦苦闘して登りがなくなったところに入沢山と山名の書いた板切れが立ち木に掛けられていた。 |
ここからは快適な稜線歩きだった。周りの木はすっかり葉を落とし、遠くの山々を見通すことができる。地図に表せないような小さな突起を三つ程越して行くと、道の両側にスズタケが現れ、程なく3等三角点のある松生山に着いた。 頂上といっても長い尾根筋の一角で、三角点と標識がなければそれと気付かず通り過ぎてしまいそうだった。 頂上周辺のスズタケや小さな木はきれいに刈り払われていた。お蔭で眺望はすこぶる良かった。まず南を向けば、足元の南秋川を挟んで笹尾根が、その向こうに丹沢山塊。それらを前衛に富士山がどっしりと構え、雪煙を上げていた。目を北に転ずれば、北秋川の流を挟んで先程からずっと付き合ってくれた奥多摩三山が雲一つない青空の下で輝いていた。 私たちはここでゆっくりと腰を下ろしお昼にした。先ずはこの1年間の山行が無事終えたことに感謝して乾杯。 燦燦と降り注ぐ日差しは暮れとは思えぬほどの暖かさ。微かにそよぐ風は火照った体に心地よい。
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白く輝く日本一の富士山を肴に缶ビールを空けながら、気の置けない山仲間との語らい。これぞ至福のひと時。 | 今年は政治、経済、社会全般に亘って暗い話ばかりだ。一体この国はどうなるのだろうと思ってします。しかし、こうして雄大な景色を眺めていると、下界のちまちましたことを考えるのが馬鹿らしくなってくる。山は嫌な思いを忘れさせてくれる特効薬だ。 この素敵な時間をいつまでもと願うが、今が一番日の短いとき。明るいうちに麓に着きたい。お腹の虫も収まったし、そろそろ下山しようかということにした。午後は誰にも会わなかった。私たちだけの山だった。
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下りは上り以上に慎重にならないといけない。分岐まではゆっくりと下った。ここからは歩き良いふれあいの道。途中浅間嶺から山腹を巻いてくる道と合わさり、すぐに小岩への道を分けてぐんぐん下っていく。やがて瀬戸沢に降り立ち流に沿って行くとすぐに一軒家があった。今は休憩所になっているが、年末のためか締まっていた。ここからすぐで林道の終点に出て、峠の茶屋があった。ここで最後の展望を楽しみ、大岳山に別れを告げた。 |
車道をしばらく行くと鳥居と小さな祠がある時坂峠に着いた。ここから再び山道に入り、車道を縫うようにして部落の中の道を下っていった。最後に車道に飛び出して払沢の滝入口のバスの停留所に着いたときは辺りはすっかり暗くなっていた。 予定していたバスは3分ほど前に出たばかりだったが、30分後に次のバスがくることになっている。汗ばんだシャツを着替えて今日1日の余韻を楽しむにはちょうど良い時間だった。 |
2008.12.28歩く 松生山(まつばえやま) 933.7m |