鶴ヶ鳥屋山


鶴ヶ鳥屋山

  


 日帰りで、秋の山を楽しむには何処が良いだろうと地図を眺めていたら、山仲間のMさんから鶴ヶ鳥屋山はどうだろうとのメールが入った。

 鶴ヶ鳥屋山は中央線が笹子トンネルに入るその入口にある笹子駅の南に位置し、中央線を挟んで北の滝子山に相対している。
手許の5万図を見ると破線路が無いのと等高線が複雑なので、1374mと低山ながらある程度の藪とアップダウンは覚悟しなければならないが、秋の1日の山旅を楽しむには手頃な山かなと思えた。

 古いガイドブックには「適当な登路もないが、先ずは笹子駅から奥野沢を遡って本社ヶ丸に登り、そこから尾根伝いに行くのが最も興味の多い道であろうと考える。しかしそれにしても小峯頭十数個の上下に煩わされることと、不断に深いヤブ潜りを強いられることによって、意外に多くの困難と時間とを強要されることは是非もない。しかも酬いられるところは極めて僅かなものであろう。余りに価値の少ない山である。」(河田髓 1日2日山の旅)と紹介されており、些か気勢を削がれた思いもした。



 しかし最近地元で道も整備し道標もつけたようで、登る人もボツボツ増えているようだ。
新日本山岳誌(日本山岳会編著)によると、「季節によってはある程度のヤブこぎは覚悟しなければならない。」が、「頂上そのものは平らで雑木に覆われているが、ところどころ素晴らしい展望に恵まれる。」とあり、その異なる評価にかえって興味をそそられた。

 ところで、鶴ヶ鳥屋山とはどういう意味だろう。鳥屋とはねぐらと言う意味だから、鶴のねぐらのあった山ということになるのだろうが、ここに鶴のねぐらがあったとは考えにくい。これはやはり地名の都留だろう。
 甲斐国志によると、「都留郡或は連葛は藤蔓の如し富士山の尾さき長く連なりくるを云う」とあり、富士山麓から桂川に沿って伸びる細長い平地が藤蔓のような地形をしているところからつけられた名前だという。蔓に都留の字を充て、さらにめでたい鶴の字を充てたようだ。かつての都留郡には鶴の字がつく地名が多い。



 次に鳥屋(ねぐら)だが、このあたり鳥の渡っていく経路になっているそうだ。この山の北麓の笹子川に沿って飛んで行き笹子峠を越えていくルート。もう一つは南麓の本社川を詰め、笹子峠を越えていくルート。人々はそれを見てこの山にねぐらがあるのだろうと考えた、との説(甲斐の山旅、甲州百山)。そういえば、この近くに雁ヶ腹摺山、牛奥ノ雁ヶ腹摺山、笹子雁ヶ腹摺山と、雁ヶ腹摺山の名の山が3つも連なるのもうなづける。雁が腹を摺るようにして飛んでいく山という意味だが、鳥はこの辺りの山並みの幾つかの越え易いルートを選んで渡っていったのだろう。



 さて、よく晴れた秋の朝私たちは笹子の駅に降り立った。ここから船橋沢を詰めて支尾根から鶴ヶ鳥屋山から西にのびる主稜線に出て頂上を目指そうということになった。

 笹子駅に降りた登山者は何人もいたが、ほとんどが滝子山を目指すのか甲州街道の方へ下りていった。身支度をして最後になった私たちは駅を出るとその甲州街道を左に見て、右手に伸びる道に入った。すぐの突き当りを左に暫らく行くと船橋沢に行き当たった。林道は右にカーブして沢に沿って登っていく。3度沢を渡り返し林道が終わった先で沢は二股に分かれていた。左の沢に大きな堰堤があり、その堰堤の下で沢床を掃除していたのだろうか数人の村の人が最近熊が出ているので気をつけてと声を掛けてくれた。

 私たちは多少緊張しながら沢を飛び石で渡り、右側の沢に沿う道に入った。初めは沢に沿った緩やかな道だったが、やがて沢を離れ、左の山腹を支尾根に向けて直登に近いジグザクの登りとなった。道ははっきりしているものの、ややもすればずり下がりそうな急登を我慢して登る。紅葉は登るにしたがって美しくなってきた。木の間隠れに麓の笹子の町と中央高速、その向こうに滝子山が望める。
支尾根にでると少しゆるやかになり、送電線の下を通り山腹を横切る林道に飛び出した。林道といっても完全舗装の広い道。ここを横切って暫らく行くとようやく主尾根に辿り着いた。

 この主尾根を右に辿れば本社ヶ丸から三つ峠。その三つ峠が正面に大きく構えている。鶴ヶ鳥屋山へは左に行くが、尾根は狭い。
 ちょうどお昼時になっていたので、鶴ヶ鳥屋山の方へ少し行って尾根が広くなって日当たりのいい場所を見つけランチタイムとした。お弁当はおにぎりと、Mさん持参のおでんとうどん。これから寒くなると温かいおでんやうどんがなによりだ。残念ながらいつもの缶がない。笹子駅も駅前も無人で、仕入れるところが無かったのだが、結果的にはこれが良かったのだとは後で分かった。
 食後、小さいながらも急な上り下りを何度か繰り返して、ようやく頂上に着いた。



 頂上は狭く落ち葉に埋もれていた。三等三角点と、頂上を示す新旧3本の標識があるだけの静かで好ましい山頂だった。周囲は樹林に囲まれていて展望はあまり期待できない。それでも南側の木の間に三つ峠が望めたが、朝あんなに快晴だったのにいつの間にか雲が厚く垂れ込めてきて頂上の電波塔は隠れていた。富士山や南アルプスも見えるはずだが今日は無理のようだ。

 下山は東に丸田沢への道をとった。下りも急坂が続いた。うっかりすると滑り落ちそうだ。2箇所ほどロープがフィックスされているがそのほかのところは立ち木につかまって慎重に下った。  


 へっぴり腰がおかしいと後ろでMさんが笑った。格好はどうでも、滑降しなければ良いんだと笑いあった。

 傾斜のゆるいところでは踏み跡は落ち葉に隠れて判然としない。こんなときはところどころ木の幹に巻かれた赤テープが頼りだ。かすかな踏み跡と赤いテープを見失わないようにひたすら下る。やがて急な階段を下りて林道黒野田線に出た。右に少し行ったところで再び山道に入ってひたすら下る。

   秋の日は短い。辺りが薄暗くなる頃ようやく急な下り道から解放されて丸田沢沿いの林道に降り立った。

 ここまで来ると一安心と私たちはゆっくりと今日1日の山を振り返りながら駅に向かった。今日山中で出会った登山者はたった1人だった。首都圏日帰りの山としては珍しく静かな山だった。新旧のガイドブックで評価は分かれたが、私は晩秋の1日の山旅を楽しむには十分手応えのある山だと思った。

 すっかり暗くなる頃林道から車道に出た。下りに意外と時間を要したため予定の電車には間に合わないと諦めて歩いていたら、一旦通り過ぎた軽トラがバックしてきて、駅まで乗って行けといってくれた。お蔭で諦めていた電車に十分すぎるほど余裕を持って乗ることができてた。最後に温かい人情に触れ、一層印象を良くした山だった。  



2007.11.4歩く

鶴ヶ鳥屋山 1374m
 1/25000 笹子、河口湖東部、都留、大月
  JR笹子駅(25分)林道終点(20分)二股(80分)林道黒野田線(40分)主稜線(60分)
鶴ヶ鳥屋山(50分)林道黒野田線(45分)丸田沢(20分)近ガ坂橋(40分)JR初狩駅

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