槇 寄 山

  





 初めて奥多摩の山に登ったのが大岳山で、それからもう46年になる。その間、多い年だと10数回、少ない年でも2〜3回は通っているので、もう優に100回は超えているだろう。それだけに奥多摩の山を歩くと故郷に帰ったような安らぎを覚える。 この山域を歩くのは、落葉が山路を埋める頃から、木々に再び生命が蘇る新緑の頃までが良い。

師走の半ば、私たちはそんな落葉の峠道の旅を楽しんだ。五日市からのバスは満席だったが、終点の一つ手前の仲ノ平に降りたのは私たちだけだった。後の乗客は皆次の終点数馬まで行き、三頭山を目指すのか、あるいは口振りから浅間尾根を歩くのだろう。

バス停で身支度整え、南秋川を渡ってしばらくは車道を行った。道はゆるいカーブを描きながら山裾を登って行く。やがて観世音堂を左に見て、最後の民家の庭先を通るようにして山道に入っていった。 古くからの峠道だけにしっかりしていて実に歩きよい。木々の葉もすっかり落ち尽くし、カサカサと乾いた音が心地良い。葉を落とした梢越しには南秋川の谷を挟んで浅間尾根が、そしてその向こうには大岳山、御前山が姿を見せてくれる。こんな光景を見られるのはこの時期ならではのもの。

 峠近くになってくると日陰に白いものが残っていた。道はところどころ凍結している。その上に落葉が重なっているので、私たちは注意しながら歩いた。やがて道は支尾根を外れゆるやかになったと思ったらようやく峠に辿り着いた。小広い峠で、道標がいくつかあり、西原峠であることを示している。峠の南側は開けていて道志の山並みの上に真っ白な富士山が出迎えてくれた。のんびり景色を楽しみながら歩いてきたので、バス停からここまで2時間要したことになる。  





槇寄山は峠から西へほんの一登りだった。頂上に立つとすぐ西に大きく三頭山があった。三頭山から南東の方へ長い尾根が延びていて、先は高尾山まで続いている。甲武国境尾根で、一般的には生籐山かあるいはその手前の浅間峠あたりまでを笹尾根と呼んでいる。尾根筋に笹が生い茂っていたところからそう呼ばれるようになったのだが、地元の案内によると、室町中期にここに檜原城が築かれ、甲斐の武田氏の坂東への進出を防いでいたという。それで笹尾根を「押さえ尾根」といっていたそうだが、それが転じて笹尾根となったのかもしれない。この尾根上には1000m前後の山がいくつか連なっていて、槇寄山は三頭山から数えて2番目の山だ。そしてその山と山のタワんだ所に峠があって、東京都檜原村から山梨県上野原市へ何本もの峠道が通じている。

峠の名前を見ると西原峠、小棡峠、日原峠、和田峠と上野原側の地名をつけたものが多い。峠の名前を呼ぶとき、そこを利用する人が目的地の地名を付けて呼ぶのはごく自然だ。ということは、昔は檜原村側の人々がこの峠を越えて上野原の方へ通っていたことが伺われる。今のように交通の便が良くなかった頃は、檜原村から青梅街道に出るよりは甲州街道の方へ出るのが良かったのだろう。 またこれも当然のことだが、反対側の人からすると違った呼び方になるだろう。この西原峠も、檜原村数馬側の呼び名だが、反対の西原側では数馬峠と呼んでいたようだ。同じ山や峠、街道でも違った呼び方をしている例は良くあることだ。 地名を見ているとその土地の生活が垣間見えるように思うが、大合併などで地名が変わったり、何丁目何番地と無味乾燥な地名になるとどんなものだろう。



槇寄山の頂上は南面が切り開かれて眺望が良かったが、今日は冷たい風が強かったので、記念の写真を撮るだけにして、先程の西原峠から少し南の方西原に向かって下りたところでお昼にした。お昼はSさんが下拵えをして担ぎ上げてくれた豚汁とカレーうどん。寒い季節にはありがたい。それに暖かい日差し受けてのんびりしてしまった。

下山は西原への峠道を取った。こちらも落葉で道が埋められていた。吹き溜まりは膝まで没するくらいあった。 南側の斜面は凍結箇所もなく安心して歩けた。この時期の低山歩きでは南側から上って南側に下るのが良い。峠越えなどでは北側から上って南に下るようにすれば良い。北側の凍結しているところを下るのは気を使う。 眼下に西原の集落を眺めながら私たちはのんびりと下った。まだ14時を少し回っただけなのに山間の集落はすっかり日陰になっていた。農家の蔵の白壁に吊るされていた干し柿もなんだか寒そうだった。

バスの停留所に着いたら午後2本あるうちの1本は既に通過していて、次の終バスまで1時間余りあった。私たちは次の停留所まで歩くことにした。次の停留所はすぐのところにあり、更に次へと歩き出したところで川の向こう側に「羽置の里 びりゅう館」というのが目に入った。私たちは迷わず初志を断念、バスが来るまでの間喉を潤すことにした。



2005.12.17歩く

槇 寄 山 1188m 1/25000 猪丸
  JR五日市線武蔵五日市駅(バス1時間)仲ノ平(120分)
槇寄山(80分)郷原(バス50分)JR中央線上野原駅

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