か に は

ウワミズザクラ   桜皮



 あぢさはふ 妹が目離れて しきたへの 枕もまかず 桜皮巻き 作れる舟に ま梶貫き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南つま 辛荷の島の 島の間ゆ 我家を見れば 青山の そことも見えず 白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎたむる 浦のことごと 行き隠る 島の崎々 隈も置かず 思ひそ我が来る 旅の日長み
           巻6−942 山部赤人

 万葉集に詠われている「かには」は、ははか(波波迦)、かにはざくら(樺桜)の樹皮のこと。ははか、かにはざくらは、ヤマザクラの一種ウワミズザクラの古名である。日本全国の山野、特に川縁など湿地に生えるバラ科サクラ属の落葉高木。

 樹高は15〜20mに達するものもある。花は4〜5月頃に咲き、枝先に6〜10cmくらいの総状花序を出し、白い5弁の花を多数つける。花弁の長さは3mmほどと極小さく、また雄蕊が沢山あって、これが花弁より長いため一見ブラシのように見える。

 用途は庭木として植えられるほか、建築・器具・彫刻材として使われる。樹皮は強く丈夫なので桜皮細工や舟板・器物の継ぎ目合わせ目を塞ぐために使われている。歌の「かには巻き作れる舟に」というのがそれである。

 集中かにはを詠った歌はこれ1首のみ。山部赤人が伊予の湯へ向かったときの歌と見られている。巻3に赤人が伊予の湯で詠った歌が収録されている(322、323)。
 歌意は、(あぢさはふ)妻と別れて(しきたへの)その手枕もせず、桜皮を巻いて作った舟に梶を通して漕いで来ると、淡路の野島も過ぎ、印南つまも過ぎて辛荷の島についたが、島の間から故郷の方を見ると、青山のどのあたりとも分からず白雲も千重に重なってきた。漕ぎ巡る浦々、行き隠れる島の崎ごと、そのどこででも家のことを思ひつづけてきたものだ。旅の日数が長いので。 


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