碓氷の山



日の暮れに 碓氷の山を 越ゆる日は 背なのが袖も さやに振らしつ
               14*3402 東歌・上野国の歌

日な曇り 碓氷の坂を 越えしだに 妹が恋ひしく 忘らえぬかも
               20*4407 他田部子磐前

 東山道最大の難所碓氷峠。西麓の軽井沢との高低差は凡そ260mで、比較的緩やかに上ってくるが、東麓横川とは800mもの高低差があり、一気に落ち込んでいる。ここは、信濃国と上野国との分水嶺になっているが、この峠を越える旅は容易なことではなかった。

 上野や下野の防人たちも苦労してこの峠を越えて西国へ向った。碓氷峠を越えると、残してきた家族が住む辺りも見えなくなってしまう。上幸にして旅の途中や任地において亡くなった防人もいたということも聞いていただろう。彼らはどのような思いでここを越えて行ったのだろうか。

 峠を後にするにあたって、最後に愛する妻のいる方に向って袖を振り、しばしの別れを告げたことだろう。

 国で留守を守る妻もそんな夫の姿を思い浮かべていた。朝別れた夫は、日暮れの今頃は峠に着いたただろうか。遠く離れた山中。しかも夕暮。夫の姿は実際には見えるはずもないが、妻の瞼にはしっかりと写っていたことだろう。3402の歌はそんな想いを詠っている。  日の暮れには日が薄くなる薄日から、薄い(日)に掛かる枕詞だそうだが、ここでは夕暮の情景そのものを詠っていると思いたい。

 4407の歌は、防人が国に残してきた愛しい妻か恋人のことを、しばらくは忘れなければならないのに忘れられないといった心情を詠ったのだろう。  


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